第一次出兵

1926年、中国の蒋介石は国内の勢力統一、主に軍閥・張作霖の北京政府撲滅を目指して北伐を開始した。
立憲民政党の第1次若槻内閣の幣原喜重郎外務大臣は、不干渉主義を保持していたが、1927年3月24日に南京事件、4月3日に漢口事件が起こって、日本人の生命財産が侵害された。
戦乱が北部に拡大する可能性が強くなると、4月6日、5カ国の公使は対策のために会議を開き、フランス公使は守備兵力の倍増を提議し、イギリス、アメリカ公使は賛成したが、芳沢謙吉日本公使は政府の方針に基づき明答を避け、4月18日にはイギリス公使が2個師団増派を提議したが、日本公使はいまだその必要がない旨を回答した。