帝国主義の興隆

19世紀のイギリスは工業化による生産力の増大により得た、圧倒的な経済力と軍事力で世界の覇権を握った。
イギリスは時には武力をも用いて世界各国に自由貿易を認めさせ、イギリスを中心とした国際経済体制に世界を組み込んでいった。
この過程で、大陸国家である清やロシアと海洋国家のイギリスとの間に度重なる衝突が発生し、20世紀における世界大戦の遠因が形成された。
アジア、アフリカにとっては苦渋の時代であり、トルコ、タイ王国などの国では西欧文化を取り入れ近代化が試みられた。
清国の半植民地化が実質的に始まったのは、アロー戦争敗北後に天津条約、北京条約を締結してからである。
1853年、アメリカのペリーが浦賀に来航、江戸幕府に開国を認めさせ、日本も欧米を中心とした世界経済に組み込まれた。
1868年には長らく続いた幕藩体制は崩壊し、新たに発足した明治政府は欧米文化を摂取して急速な近代化を目指した。
19世紀末には、近代化に成功した日本やタイ王国などの一部の国以外は、西欧列強の植民地にされるか、強い影響下におかれた。