小坂善太郎

三木武夫改造内閣では三木に求められる形で外相に就任するが、直後に大平派から離脱。
1980年に大平内閣不信任案が可決された時には、風邪を理由に本会議を欠席した。
1983年12月の第37回衆議院議員総選挙では田中秀征の台頭により初めて落選を喫すが、1986年の第38回衆議院議員総選挙で国政に復帰し、以後は中曽根康弘派に所属する。
1990年の第39回衆議院議員総選挙には不出馬を宣言。
次男の憲次に地盤を譲り、政界から引退した。
引退後も国際親善などの分野で活動し、1995年には国連50周年記念国内委員会委員長を務めた。